梢「廊下を歩けば、『梢センパ~イ!』と呼び止められる。特に用事が無くても、存在するというだけで声を掛けてしまう存在」
梢「私もつい、そんな花帆さんに胸が高鳴ってしまうの。たった数か月の関係だけれど、過ごした時間以上の関係が構築できているわ」
梢「けれどね、数か月という短い時間で花帆さんの全てを知ったと言えるほど、私もそこまで傲慢ではないの」
梢「つまり、私は知ってしまったのよ。花帆さんの未知なる一面を」
梢「未熟な敵意を隠せず、若干棘のある言葉で相手を威嚇する花帆さん……。平たく言ってしまえば、『ツンの花帆さん』」
梢「私、あれを見てね……その、なんて言うのかしら。お腹の少し奥の部分が熱くなってしまってね」
梢「衝撃というには余りに甘美で、頬を輪郭に沿って優しく撫でられているような感覚になったの」
梢「ごめんなさい。前置きが長くなってしまったわね。畢竟、私の言いたいことはただ一つ」
梢「『ツンの花帆さん』を私も体験したい。ただそれだけなのよ」
慈「……」
梢「あの、慈? 聞いている? それとも、話が少し玄妙に富み過ぎたかしら」
梢「ごめんなさい。先ほどの話は所々飛躍していたかもしれないわね。だからもう一度イチから、いえ、ゼロから語ろうと──」
慈「ああっ、もうっ! 違うっ!」ダンッ
慈「梢から真面目腐った顔で『話があるの』と切り出されたもんだから『こりゃあ、ちょっとめぐちゃんも人肌脱いでやりますかぁ!』って気合入れたのに!」
慈「蓮ノ空スクールアイドルクラブリスタート早々っ! なにこの悩みは! 梢、あんたもうちょっと賢かったでしょ!?」
梢「……えぇと。つまり何かしら。私を馬鹿と言いたいのかしら」
慈「端的に言っちゃえばね。はぁ……まあいいや。で? 私に相談してどうするつもり?」ガタッ
梢「えぇ。まず確認だけれど慈。あなた、花帆さんから少し硬い態度を取られているわよね」
慈「まあ。うん。ルリちゃんにちょっと大人げないことしちゃったし。いや、あれは私の弱虫のせいか」
慈「とにかく、花帆ちゃんって仲間思いでしょ? 私はそんな優しい部分を刺激しちゃった。だからまあ……現状、友好的とは言い難いかな」
梢「そう。そうなのよ。窓辺から、廊下の隅から、椅子の下から、あなたと花帆さんのやり取りを観察した結果、珍しい花帆さんが見られたの」
慈「なにやってんだコイツ」
梢「だから生じる本心と発する言葉のズレ……。その不安定さが、私の目にはとても魅力的に映ったの……」コウコツ…
慈「ねぇ、さっきも言ったけど梢。あんたそんな壊れた奴だった? てか一々話が長い」
梢「壊れ……? まあいいわ」
梢「あなたに相談したいのは一つ、私の先輩としての品格を落とさず、尚且つ花帆さんに少し冷淡な態度で接して欲しい」
梢「それも長期間ではなく短期間に。私が望んだ時に望んだ分だけツン花帆さんを体験したいの」
慈「……梢あんた、とんでもない我がままを言ってる自覚ある?」
梢「で、どうなの慈。当事者のあなたから何か、アドバイスはないかしら」
慈「えぇ……。めぐちゃんマジでこれに取り合わなきゃいけないの……?」
梢「お願いよ。恐らく、今のツン花帆さんモードは一時的なもの。一生に一度しか来ない、貴重な機会なの」
梢「言ってしまえば、人生で一度しか会えない織姫と彦星のようなもの……。逃したら絶対に後悔する」
梢「私はもう、たった一人の独断で決めず、困ったことがあれば分かち合って解決すると心に決めているの。だからお願い、慈」
慈「……」
慈「え、なにこれ。バカ?」
梢「そうね……。何かに向かって一途に向かう姿は、時として愚かしく見えるのかもしれないわね」
慈「……(絶句)」
慈「いや、綴理よりも一層たちの悪いモンスターが……」ブツブツ
梢「何よ。綴理が二人って。私は乙宗こず……ふむ」スッ
慈「……なに。顎に手を当てて考え込んじゃって」
梢「……そうよ。その方法があったじゃない」
慈「あの。梢? 私を置いてけぼりにしないで欲しいんだけど? 一応ここ、私の部屋なんだけど」
梢「慈!」ガシッ
慈「わっ。なにいきなり。そ、それにちょっと近いっ」
梢「簡単な話だったのよ。己が品格を貶めたくないのなら、自身で臨まなければよかったのよ!」
慈「……?」
梢「つまりね、慈」
梢「──私が慈になればいいのよ」
そういう梢の顔には影が落ち、こちらを射抜く双眸には危険な色が宿っていた。
だが、それを塗り潰すほどの狂気の笑みが、いつまでも記憶に残っている。
花帆「るんるんるる~ん♪ 食堂の新メニュー、楽しみだなあ」ルンタッタ
花帆「一足先に堪能して、あたしが蓮ノ空のトレンドリーダーになっちゃうよ!」ルンタッタ
花帆「んぇっ。わざわざ体調不良を装って最速で食堂に来たのに、もう誰かいるっ!」ガビーン
花帆「ま、まさかあたしと双璧を成すトレンドリーダー……!? だ、誰なの……っ!」ダッ
慈「もぐもぐ。おいち~っ」ニッコニコ
花帆「げげっ。慈センパイっ!?」
慈「あ、花帆ちゃ~ん。こんにちはっ。君も夏の集中講義を抜け出して来たのかい? 悪だね~」
花帆「……こんにちは」ツンッ
慈「……っ」ゾクゾクッ
慈「か、花帆ちゃんもきっとあれでしょ? 新メニューの『ドラゴンたまごかけごはん』を食べに来たんでしょ?」
花帆「……そうですよ。ぐぬぬ……。まさか慈センパイに一番槍を盗られるなんて……」
慈「あ、ごめんね~? もしかして、一番乗りして皆に自慢したかった感じ?」
花帆「い、いえっ。そんないやしくないですっ。ちょっとお腹がいつもよりペッコペコだっただけですもんっ」プイッ
慈「……っっっ」ゾクゾクゾクッ
花帆「じゃあ、あたしは食券を買いに行くので……」トコトコ
慈「……くふふふ」ニヨニヨ
梢「見なさい慈」ズイッ
慈「はいはい……。って、なにこれっ! こっわっ! きっも!! ゴールデンカムイの刺青人皮!?」ズザザッ
梢「キモとは随分な物言いね。まあ、論じるより見た方が早いでしょう」ギヌギヌ
慈「え、なにそれ。着るの? うわっ。うわわっ。えっ、嘘でしょ!?」
慈(梢)「……ふぅ。どうかしら」プシュー…
慈「嘘……。めぐちゃんがいる。それに、声も同じじゃん……」
慈(梢)「全国5000万人のめぐ党さん! はろめぐ~っ!」
慈「仕草からイントネーションまで! えっ、なにこれ。こわっ。夢……?」ギチチ
慈(梢)「ふふっ。夢じゃないわよ。久方ぶりに家の力を存分に使ったの」
慈(梢)「藤島慈の完全模倣着ぐるみ。声帯の模倣をリアルタイムで実現するのが難しかったらしいわ。よく分からないけれど」
慈(梢)「これで私も慈のように、花帆さんに冷たく接せられるというわけね」
慈「……いやっ。いやいやいやっ。そんなの認められるわけないでしょ!? てかっ、疾く脱げしっ!」
梢「仕方がないわね……」ヌギッチョ
慈「あんたがやったこと、全部私に返ってくるの。その辺、ちゃんと理解してる? 勝手に評判下げられたんじゃたまらないじゃん」
梢「問題ないわ。あなたの一挙手一投足をプロファイリングして完成された『藤島慈模倣完全マニュアル』は完全に熟知したもの」
梢「あなたの成す善行、悪行全て、完璧に模倣して見せるわ。これはもう、そうね……。模倣というより、藤島慈を対象にしたラプラスの悪魔の証明に他ならないかも……」
慈「……(絶句)」
慈「だめだコイツ……早くなんとかしないと……」
梢「と言っても、慈の懸念は理解できるわ。だから一つ、取引をしましょう」
慈「……なに。受け入れるわけないけど」
梢「夏休み明けの確認テスト」
慈「……!」ビクッ
梢「何なら、未だ手を付けていない夏休みの宿題の代行なんかも……」チラッ
慈「……(葛藤)」
慈「……(陥落)」
慈「よっし。頼んだよ梢っ! 私をしっかり果たしてきなさいっ!」バシンッ
梢「ふふっ。取引成立ね。それと一つ、これはオマケなのだけれど──」
慈(梢)(まさかこんなにも思い通りに事が運ぶだなんて思わなかったわ!)
慈(梢)(今の私には絶対に見せない花帆さんのあの冷たい眼差し!)
慈(梢)(冷たいけれど、つっけんどんな態度を取ってしまう自らの幼児性を恥じる、罪悪も混じるあの表情……)
慈(梢)(たまらない。たまらないわ花帆さん。未熟、生硬、途上。熟れた果実よりも、未だ咲かぬ蕾のあなたに焦がれてしまう……)
慈(梢)(嗚呼……。私にもっと見せて……。絶対に私には見せてくれない、初々しく慣れていないつれない態度を)
慈(梢)(そしてもっと感じさせてちょうだい……。軟風のような儚い敵意の込められた視線を……)
慈(梢)(私はあなたの全てを知りたいの……。ふふっ。それにしてもおかしいわね)
慈(梢)(あなたの新たな側面を知った傍から、私は私の、こうした破廉恥な面を見出している)
慈(梢)(こんな私を曝け出せるのはそう、あなただけよ。花帆さん……)
花帆「あうぅ……。自分の部屋じゃ捗らないから食堂で勉強しに来たけど……。だめだなぁ、上手くいかないや」
花帆「さやかちゃんはもう宿題終わらせちゃったみたいだし、あたしも頑張らないとなぁ……」カキカキ
慈(梢)(ふふふ……いるわね、花帆さん。新芽のような敵愾心を今日も感じさせて貰うわよ……)
慈(梢)「こんにちは花帆ちゃん」
花帆「……慈センパイ。こんにちは。何ですか」ジロッ
慈(梢)「何ですか、とはまた随分な態度だね~。私、一応先輩なんだけどなぁ」
花帆「……ごめんなさい。でも、今はちょっと余裕がなくて」シオシオ~
慈(梢)「あ、あらら……。そんな落ち込んじゃってどうしたのかしら……?」
花帆「うん……? なんか今梢センパイが……」
慈(梢)「おっと……。危ない危ない……」
慈(梢)「どしたの花帆ちゃん。ほら、この先輩に言って御覧なさい。これでも二年生だからね、力になれるよ~」ガタッ
慈(梢)「うわなにそれ。流石のめぐちゃんも傷つくんだけど……」ゾクゾクッ
花帆「あ、ごめんなさい。ちょっと心の毒が漏れました」シラッ
慈(梢)「はあ。それで? 宿題をあちこちに広げてどうしたのさ」
花帆「……ちょっと、進みが悪くて。あと少しで夏休みも終わりなのにこれじゃあ……」
慈(梢)「これじゃあ?」
花帆「梢センパイに顔向けできないなぁ、って」
慈(梢)「……」
花帆「あたし、梢センパイに貰ってばかりだと思うんです。でも、貰った物は多すぎて、とても返せなんかなくって」
花帆「だからせめて、夏休みの宿題くらい一人で華麗にこなして『花帆は大丈夫ですよ!』ってところを見せたかったんですが……」
花帆「でも、心持ち一つだけで容易に変われっこなんか無くて。あたしはまだ弱いだめ花帆のままで……。ちょっと、自分の弱さに嫌気が差してた時なんです」
慈(梢)「花帆さん……」
花帆「花帆さん?」
慈(梢)「まだ花帆ちゃんはほんのちょっぴりしか変われてないかもしれない。でも、その一歩を踏み出すのがどれだけ勇気がいるか。私は知ってるよ」
慈(梢)「だから、そんなに自分を責めないであげて。花帆ちゃんが偉いって、私は知ってるから」
花帆「慈センパイ……」
花帆「……よしっ。ありがとうございますっ。あたし、なんだか頑張れそうな気がします!」ムンッ
慈(梢)「そっか。うんうん。一人でも頑張るんだぞ~」ナデナデ
花帆「ちょっ、なでなでしないでくださいっ。集中できないじゃないですかっ」バッ
慈(梢)「あはは。ごめんごめん」ゾクゾクッ
花帆「でも……」
慈(梢)「ん?」
花帆「……ありがとうございます。慈センパイ」プイッ
慈(梢)「……っ」ドキッ
花帆「あ、慈センパイ。こんにちは」
慈(梢)「あぁ、花帆さ──ちゃん。こんにちは。そっちから挨拶なんて珍しいね」
花帆「そうですか? 別に、先輩に挨拶するくらい普通じゃないですか」
慈(梢)「まあ、そうだけど……。それで?」
花帆「いやあ、これからあたし食堂に行こうかなぁって思ってて」チラッ
慈(梢)「そうなんだ。お昼時だもんね」
花帆「はい。お昼のランチタイムです。だから食堂に行こうかなぁって……」チラッチラッ
慈(梢)「うん」
花帆「……」
慈(梢)「花帆ちゃん?」
花帆「だから。あのっ……。あたし、食堂に行こうかなって、言ってるんですけど」チラッチラッ
慈(梢)「……?」
慈(梢)「……あ。まさか花帆ちゃん。私のこと誘ってる?」
花帆「えぁっ」
花帆「え? 何ですか? 慈センパイも食堂に行くんですか? なあんだ。じゃあ、席も隣にするしかないですよね~」
慈(梢)「あ、あはは……。えぇと、ごめんね。今日はお昼ご飯持ってきてて……」
花帆「え゛っ゛」
花帆「そ、そうですか……」カニョーン…
慈(梢)「あ、ああっ!!」
慈(梢)「で、でも~。今日は食堂でおいち~したい気分かも~。私もご一緒しよっかな~」アセアセ
花帆「えっ!!」パァ~!!
花帆「そうですかそうですかっ。それなら仕方がないですね! 一緒に行きましょう慈センパイ!」ギュッ
慈(梢)「ふぇあっ。ちょっ、手っ!」
花帆「あぁ~。仕方がない仕方がない。そんなにあたしと一緒に食事を摂りたいだなんて、本当に仕方がないっ!」
花帆「早く行きましょうっ! 慈センパイっ!」ニコッ
慈(梢)「……っ」ドキッ
慈(梢)「……えぇ。行きましょう」
花帆「あっ。ドラゴンたまごかけごはん」
慈(梢)「あ。ついまた同じのを頼んじゃった」
花帆「慈センパイって本当にたまごかけごはん大好きなんですね」
慈(梢)「まあ……。ん? 本当にって、どういうこと?」マゼマゼ
花帆「あっ、いえ、その……。スクコネのアーカイブを見まして……」
慈(梢)「あーかいぶ? あぁ、前の配信を見られるってあの」
花帆「あ、でも違うんですからねっ。あたし、別にめぐ党じゃありませんしっ」
花帆「たまたまスクコネを付けたら、たまたまおすすめに出てて、たまたま再生しちゃっただけなんですからねっ!」
花帆「ただそれだけなんですからねっ! 勘違いしないでください!」ビシッ
慈(梢)「……うん。分かった。ほら、花帆ちゃんも食べよう。折角のごはん冷めちゃうよ」
花帆「あ……はい」
花帆「もぐもぐ……」
花帆「おいち~っ!」パァ~
慈(梢)(これは……)
慈「それで、どうなのさ」
梢「……え」
慈「うん? どうしたの梢。今日はなんか上の空じゃん」
梢「……いえ。別に。大丈夫よ」
慈「まあいいや。で? 楽しんでるの?」
梢「……えぇ。楽しませて貰っているわ。十二分に」
慈「でしょうね。昨日も一昨日も鼻息荒くして報告してきたもん」
梢「えぇ……」
慈「でも、今日はなんか違う。少し暗い顔してる。何か失敗でもした?」
梢「……いつも通りよ。平気よ。平気。大丈夫よ」
慈「……はぁ。綴理が『こずの大丈夫は大丈夫だ』って言ってたけど、まだまだ全然じゃん」
慈「なに。何なの。辛気臭い顔で顔を合わせ続けるのも辛いんだけど」
梢「……そうね。真摯に向き合うべきことよね。これは」
梢「傲慢にも、我欲のみを優先し続けた、私の罪……。脇目も左右も見ず、視野狭窄に陥った愚かな私の……」
慈「浸るな浸るな。なに。何があったの」
梢「花帆さんは弱音を吐くけれど、一本芯の通った娘だからひたむきに努力を続ける」
梢「慈は弱音を吐かず、白鳥のようにバタ足を見せないで優雅であろうとする」
梢「形は多少違えど、二人の感じる苦労は似た物だから、きっといい先輩後輩関係が築けるって思っていたわ」
梢「遅かれ早かれ、春の雪解けのように仲が深まっていくって」
慈「……で? 何が言いたいわけ?」
梢「……奪ってしまったわ」
慈「奪ったって。何を」
梢「あなたが経験するはずの心地よい雪解けを、私は奪ってしまったの」
慈「ん、んん~? 梢の言ってること、ちょっとめぐちゃん分からないなぁ。もうちょっとわかりやすく言ってくれない?」
梢「だから……。私が藤島慈を演じる過程で、花帆さんと藤島慈の仲が良くなっていってるのよ……」
梢「人懐っこい声音で呼び止められるし、食堂にだってお誘いを受けるの。まるでそう……乙宗梢に接するかのように」
梢「そういう藤島慈と日野下花帆の関係を、他人である乙宗梢が歪めてしまったのよ……。到底、許されるべきことではないわ」
梢「えぇ……。謝って許されることではないと思う。でも、ごめんなさい、慈。私、熱に浮かされ軽々な行動を取ってしまったわ」
慈「……」ポリポリ
慈「う~ん、まあ、謝られてもなあ……。私は対価に宿題を終わらせて貰ったし、確認テストの対策ノートも貰っちゃったし……」
慈「というかイマイチ、梢の言う重大さが分かんないんだよね」シラッ
梢「なっ……。分かるでしょう慈っ。花帆さんと分かち合うはずだった大切な思い出をっ、他人に踏みにじられたのよ! それをあまつさえ、自分ではない誰かに盗まれたっ!」
慈「……まあ、梢がそこまで言うんなら、きっと大事なことなんだろうね」
慈「だからまあ、なんだろう。梢がそんな罪の意識を感じてるならさ、もうやめようよ」
慈「というかあれか。続けるつもりもないか」
梢「当たり前じゃない……。今さら、続けられるわけないわよ……」
梢「あなたにも、花帆さんにも酷いことをしたわ。この件はしっかりと謝罪を──」
慈「梢」
梢「……何かしら」
慈「まさかとは思うけど、花帆ちゃんにも今までのことを話すつもり?」
梢「そんなの、間違っているじゃない。本物の藤島慈への思いが、偽物から作られているだなんて……」
慈「……まあ、確かに。間違いを正す。それだけは正しいと思う」
梢「でしょう……? なら──」
慈「でも、梢が提案して、私が了承した。二人の自分勝手な行動に花帆ちゃんを巻き込んで、傷を抉り出すような形で謝罪なんてさ、それこそ酷いとは思わないの?」
梢「それは……。でも、ならどうすれば……っ」
慈「今のままでいいんじゃないの」
梢「え……」
慈「花帆ちゃんは何も知らない。梢の演じた藤島慈に好意を抱いた。そして私は、好意を抱かせた藤島慈として演技すればいい」
慈「これでもさ、昔は子役とかしてたんだよ。自分の延長線上の演技なんて朝飯前だよ」
慈「これがきっと、花帆ちゃんを傷つけず、私たちだけが泥を被る最良の道。そうでしょう? 梢」
梢「そんな……」フラッ
梢「それじゃあっ、それじゃああなたが救われないじゃないっ!」
梢「子役だからって、タレントだからって、偽物の自分を演じて辛いのはあなたじゃないっ!」
慈「平気平気。苦労せずに花帆ちゃんと仲良くなれて逆に万々歳ってね。ぶいぶい」
慈「だから、大丈夫だよ梢。大丈夫」
梢「……っ」
慈「私は大丈夫。だって、私がそこまで重大さを感じていないんだもん。だから平気だって」
梢「……」
梢「……分かった。分かったわ慈」
慈「うんうん。相変わらず堅物だけど、ちょっとは物分かりよくなったね」
梢「けれど、けれどね慈」
慈「うん?」
梢「あなたが望めば、全て花帆さんに詳らかにして構わない。明日だって、数カ月後だって数年後だって構わない」
梢「それだけは、覚えておいて」
慈「……分かった。おーけー。頭に入れておく。どうせ使わないけど」
慈「オマケって……。まあ、うん。ちょっと楽しそうだけど……」
梢「それじゃあ……私は自分の部屋に戻るわ。またね、慈」
慈「うん。またね梢」
バタンッ
慈「……雪解けを、奪われた、ねぇ」
慈「……だぁめだ。全く実感沸かないや」
慈「寝よ……。久々に頭使って疲れちゃった……」バサッ
慈「あしたの、たのしみも、できたんだし、はやく……ねて……」
慈「……ぐぅ」スヤピ
花帆「いるかな。いるかな。えいや~っと!」
カチャッ
花帆「お疲れ様です!」
花帆「えぇと……梢センパイだけですか」キョロキョロ
梢「こんにちは、花帆さん。私だけとは、不服かしら?」
花帆「あっ、あぁっいえっ! そんなことはありません! 梢センパイがいてくれて、本当に嬉しいなぁ! ランランがルー! って感じです!」ガタッ
梢「そう。はい、どうぞ花帆さん」スッ
花帆「あ、紅茶ありがとうございます。んぐんぐ」
花帆「……あれ。なんだかいつもと味が違うような」ハテナ?
梢「あぁ……ごめんなさい。少し、あってね」
花帆「?」
花帆「よく分かりませんが、これはこれで美味しいですよ。お茶菓子にも合いますし」モグモグ
梢「そう。それならよかったわ」
花帆「日野下花帆、無事に夏休みの宿題完遂致しましたっ!!」
梢「まあ。偉いわ花帆さん。スクールアイドルの活動との兼任は少し厳しかったでしょう?」
花帆「はいっ。体が疲れて眠い~ってなってたんですけど、何とか頑張れました!」
花帆「最後のもうひと踏ん張りができたのは、慈センパイのおかげなんですけどね。あはは」
梢「へぇ……。慈が、ね。あの娘、何をしたの?」
花帆「あぁ、何かしたって言うか。背中を押してくれたって言うか、まあ……。当の本人じゃないと分かり辛いことですかね」
梢「そう……。それは少し寂しいわね」ボソッ
花帆「え?」
梢「いえ。何でもないわ」
花帆「そうそう。慈センパイなんですけど、食堂でですねぇ──」
~~
花帆「──ってことがあったんですよ。つい笑っちゃいました」
梢「……そう。慈も腕白ね」ズズッ
梢「ふ~ん……」ズズズッ
花帆「……あの、梢センパイ」
梢「なに?」
花帆「何か、ちょっと機嫌悪いですか?」
梢「い、いえい~えっ。これっぽっちも悪くなんてないのだけれど~? はぁい花帆さん、どんどんお紅茶お飲み遊ばせってね~?」ジョボジョボ
花帆「わわっ。ありがとうございますっ」
梢「……それにしても、ずいぶん慈と仲良くやっているようね」
花帆「あ、そう見えますか?」
梢「えぇ。話を聞く限りだとそうね。けれど、前に見た時はもっと……刺々しいイメージがあったわね」
花帆「刺々しい……」
梢「花帆さん?」
花帆「あの、梢センパイ。少し相談があるんですけど、いいですか……?」
梢「……えぇ、勿論」
花帆「瑠璃乃ちゃんを冷たく追い返したとこを一回見ちゃって、それからなんか……受け入れ辛くて……」
花帆「でも、今なら分かるんです。慈センパイだって、本心から瑠璃乃ちゃんに冷たくしてたんじゃないって」
梢「……」
花帆「というかそもそも、二人の問題なのにあたしが慈センパイに冷たくするのって、それ自体ちょっとアレで……」
花帆「えぇと、その……。それでスクールアイドルクラブの活動を再開して、色々接していく内に、慈センパイってすごいなぁって思って……」
花帆「なんていうか、その、梢センパイに少し似てるんですよ」
梢「……え。私と梢が似てる?」
花帆「え?」
梢「あ、おほんっ。続けてちょうだい」
花帆「は、はい。梢センパイって、自分に厳しいじゃないですか。やることなすことストイックで」
梢「……えぇ、そうね。自分を律せずして、目標は達成できないもの」
花帆「そして慈センパイも、自分に厳しいんです。でも、その厳しさは梢センパイとはちょっと違っていて、あたしと少し似ているんです」
梢「……どういうことかしら?」
花帆「夏の合宿の時、慈センパイに教わることもあったんですが、それがビックリするくらい分かりやすくて。梢センパイの指導も分かりやすいんですが、それとはちょっと違って……」
花帆「何て言うか。壁に当たって、挫折して、それを乗り越えた含蓄……? みたいな教えだから、分かりやすいのかな、なんて思うんです」
花帆「だから、慈センパイって『すごい』なあ、って思って……。あたしがいつまでも過去を引き摺って冷たく接してるのに、慈センパイはずっと先輩で……」
花帆「そう思ったら、なんかあたし……すごく情けないなぁって思って……」
花帆「こんなあたしが、慈センパイと仲良くする資格なんてあるのかなぁって……」
花帆「あはは……。ごめんなさい。こんなこと急に言われても、あれですよね……」ポリポリ
梢「……花帆さん」
花帆「あ、はい……」
梢「きっと、そうね……。慈は弱音を吐かないんじゃなくて、弱音を吐けないのかもしれないわ」
花帆「弱音を、吐けない……?」
梢「きっとあの娘にとって弱音とは、そういうものなのかもしれないわ」
梢「だからね、花帆さん」
花帆「はい……」
梢「弱音を吐くことを恥じなくてもいいの。大事なのはその後。膝を屈したままにせず、もう一度立ち上がることこそ、最も大切なことなのだから」
梢「強がって弱音を吐かなくても、いつの間にか矢折れ刀尽き、膝が地面に突いていることだってあるの」
梢「それに、慈に冷たくしているのだって、始まりは瑠璃乃さんへの仲間意識が故でしょう?」
花帆「それは……っ。否定しませんけど……」
梢「なら、その気持ちは恥ずべきものではないでしょう?」
花帆「……そうでしょうか。でも、解決したのに未だ引き摺ってるあたしは、やっぱりだめ花帆だと思います」
梢「ふぅ、弱音を吐きまくるのも考え物ね。いいこと、花帆さん」
花帆「は、はいっ」
花帆「あたしの、願い、ですか……?」
梢「えぇ。そうよ。あなたの一番の願いはなに?」
花帆「あたしの、あたしの願いは……」
花帆「……」ゴクリ
花帆「慈、センパイと……もっと、仲良くなりたいです……っ」
花帆「今まで誤解してた分……もっともっと、仲良くなりたいんです……っ」
花帆「同じクラブだからとか、尊敬する先輩だからとかじゃなくて……っ」
花帆「ただ、一緒にお買い物とか行って、一緒にご飯とか仲良く食べて……」
花帆「そんな当たり前の仲良しを、素直に慈センパイと一緒にしたいんです……っ」
梢「……なら、それで十分じゃない」ニコッ
花帆「え……?」
梢「仲良くなりたい気持ちがある。そしてそれをどうにかしようとしてる」
梢「なら、後は頑張るだけよ。今までのどう思ってたとか、どう接したとかは関係なく、ただ突き進むだけ」
梢「仲良くするのに資格なんて、馬鹿らしいじゃない?」
花帆「……っ」グシグシッ
花帆「はいっ! 日野下花帆っ! 前に向かって突き進みますっ! 猪みたいに突っ走ります!!」
花帆「慈センパイと、めちゃくちゃ仲良しになってきますっ! ありがとうございました梢センパイっ!」ペコリ
梢「えぇ。頑張ってね、花帆さん」ニコッ
花帆「はいっ!! じゃあ今からっ! ちょっと慈センパイのこと探してきますっ!!」ダッシュッ!!
梢「……いってらっしゃい」フリフリ
梢「……」
梢「きっと、きっと……仲良くできるわよ」
梢「だって、花帆さんが仲良くしたいように、慈だって……」
慈「……はぁ」
梢(慈)「あんな話聞かされて……仲良くしたくないわけ、ないじゃん……」
梢(慈)「あーあ……。憂さ晴らしのつもりで梢に成りきるつもりが、大火傷しちゃった」
梢(慈)「……知らないよ、あんな花帆ちゃん」
梢(慈)「なんで? どうして? あんなに私のこと苦手そうにしてたじゃん」
梢(慈)「顔を合わせたら『げっ』なんか言っちゃってさ。それに先輩相手らしからぬ軽口も言っちゃってさ」
梢(慈)「生意気な後輩だなぁってやりにくかったし……」
梢(慈)「……でも」
梢(慈)「できないことをできるように努力する愚直な姿は、眩しかった」
梢(慈)「体が十全で、無敵とか最強を心の底から信じられた昔の私と重なって」
梢(慈)「山登りの一合目から十合目をすっ飛ばして、頂上の風景だけを拝んだような気分だよ」
梢(慈)「こんなの……全然、綺麗じゃない。全然、胸を打たれない」
梢(慈)「こんな結果……なんの価値もない」
梢(慈)「何が労せず花帆ちゃんと仲良くなれた、だ。何がこれが重大なこととは思えない、だ」
梢(慈)「こんなの、大事なことに決まってるじゃんっ!!」バッ
勢いよく椅子から立ち上がり、部室の外へと躍り出る。
私は降る。頂上から一合目へと辿り着くために。
私は登る。一合目から頂上へと辿り着くために。
きっとそれは、とても大切なことだから。
失っちゃいけない、体験しなくちゃいけない、大切なことだから。
なぜ、大切なのか。
簡単だ。答えは、眩い前に存在している。
梢(慈)「──花帆ちゃんっ」
花帆「ふぁっ。え、梢センパイ……?」
花帆「ど、どうしたんですか。そんな息を切らせて……」
梢(慈)「はあ……。邪魔だな、これ」ヌギヌギ
花帆「え……。うわっ。何ですかこれぇ!? 梢センパイが剥がれ落ちていくぅ!?」ギエピー!!
慈「ふぅ。憑き物が落ちた」ベシッ
花帆「えっ、ちょっ、えぇ!? ど、どどどどういうことですかこれぇ!?」
慈「花帆ちゃん。今は気にしないで私の話を聞いて」ガシッ
花帆「えぁっ、は、はい……」
慈「私、蓮ノ空女学院二年、スクールアイドルクラブ所属の藤島慈」
花帆「は、はい……存じてます……」
慈「存じてないっ!」
花帆「えぇっ!」
慈「……私、花帆ちゃんのこと苦手だった」
花帆「え、えぇっ! 突然なんですかぁ!!」
花帆「そ、それは……すみません」カニョーン
慈「弱音を吐くところも、でも愚直に努力する姿も……眩しくて苦手だったっ!!」
慈「全部全部っ、お前が失った全てを持ってるんだぞって、そう突き付けられてるみたいで苦手だったっ!!」
花帆「……慈センパイ」
慈「だから……このままでもいいかなって思えた。気に入らない後輩がいて、気に入らない先輩がいる。別にそんなの、特段珍しいことでもないし……」
花帆「え……。そ、それは嫌ですっ」
慈「……っ」
慈「私だって嫌だよっ!!」
花帆「え、えぇ……?」
慈「何なんだよぉっ! あんな素直で明るい仲良くなりたい宣言貰っちゃったらさぁ! その気になるに決まってるじゃん!」
慈「私のこと、見透かしすぎだよ……。恥ずかしくて嬉しくて、頭がどうにかなっちゃいそう……」
慈「ふざけんなよぉ……。花帆ちゃん、ちょっといい娘すぎるって……」
慈「そ~~だよっ! 何ならここ一週間くらいの藤島慈は乙宗梢が演じてたの!!」
花帆「えぇ!? じゃあ、あれも、それも、これもぉ!?」
慈「あれもそれもこれもだよっ! だからっ、今の私はっ、花帆ちゃんと何の関係も進展してない藤島慈なんだよ……っ!」
花帆「えぇ~……。そ、それは……」
花帆「それは……」
慈「……」
花帆「それはちょっと、違うと思います……」
慈「え……? ち、違わないよ。この一週間くらい、君を元気付けてた藤島慈は乙宗梢で……」
花帆「……確かに、ここ一週間くらいで、ずっとずっと慈センパイと仲良くなりたいって思うようになりました」
花帆「でも、その気持ちは何も、この一週間の内だけで生じたものじゃないです」
花帆「慈センパイのステージへの思いを知って、瑠璃乃ちゃんとの約束を知って、ステージの上で踊る慈センパイを知って……」
花帆「……こんな先輩と仲良くできたら、どんなに楽しいだろうなぁって思って」
慈「……え。そ、そう思ってたの……?」
花帆「……」コクッ
慈「……そ、そっかぁ。そうなんだ。ふ~ん……」
花帆「……」
花帆「……あの、ちょっと恥ずかしくて顔から湯気が出そうなんですけど」
慈「あの、花帆ちゃん」
花帆「……はい」
慈「……私、スクールアイドルクラブはリスタートできたけど、花帆ちゃんとの関係はできてない」
慈「私も、その……花帆ちゃんと仲良くなりたいって思うし、だから、その……」
慈「……ん」スッ
花帆「……ふふっ。握手なんて、結構古典的なんですね」
慈「べ、別にいいじゃんっ。なにっ、手引っ込めちゃってもいいのっ」
花帆「いえ。あたしもこういうことは……うぅん違う」
花帆「慈センパイとは、ちゃんとしたいですから」ギュッ
慈「あ……」
慈「じゃあ、その……これからよろしくね、花帆ちゃん」ポリポリ
花帆「それで、あの……」モジモジ
慈「……?」
花帆「こ、これで仲良くなれたと思わないことですねっ」ビシッ
慈「……え」
花帆「……」
慈「……ぷっ」
慈「ぷふっ」
花帆「……あはっ」
慈「あははははっ。なにそれ、おっかしいっ」
花帆「あははっ、おかしいですねっ。あはははははははっ」
慈・花帆「あはははははははっ」
二人の笑い声が跫音のように廊下に響く。
結局のところ、私は花帆ちゃんとリスタートすることができたんだろうか。頂上を自ら降り、一合目に降りた私は。
ただ……そう。ここが何合目なのかは分からないけど。
頂上でなくても、この景色は綺麗だって思えた。
ならもう、それでいいんじゃない?
よろしく。日野下花帆。
よろしく。蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブ。
私は藤島慈。
蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブ二年の、藤島慈。
これから最後まで、お世話になります。
花帆「慈センパイ、ちょっとどいてください。座れないじゃないですか」ツンツン
慈「ん」スッ
花帆「それでいいんです」ストン
慈「花帆ちゃん、それが先輩に対する口の利き方かな?」ナデナデ
花帆「ん~……。わかんないです」スリスリ
慈「全くもぉ。梢と綴理の教育がなってないんじゃないの~?」ナデナデ
花帆「じゃあ、慈センパイがしつけてくださいよ」スリスリ
慈「えぇ? めぐちゃんそれは面倒くさいなぁ……」ナデナデ
花帆「ふふっ。そういうと思ってました」スリスリ
さやか「……何ですか、あれ。足の間に花帆さんを入れてイチャイチャしているあれは」
さやか「いやでも、物腰が少し剣呑というか……」
綴理「喧嘩するほど、仲がいい?」
さやか「あれって喧嘩なんですかね……。長年連れ添った熟年夫婦……いや、熟年カップル?」
花帆「いや、まだ仲良くなってはないよ瑠璃乃ちゃん」
瑠璃乃「え……。仲良くないの……?」
花帆「ですよね、慈センパイ」
慈「うん。そこは履き違えちゃだめだよるりちゃん」
瑠璃乃「えぇ~……。なんかそう言われると凹む……」シュン
花帆「だって」
慈「うん」
花帆・慈「「これから仲良くなっていく途中ですから/だからね」」
花帆「……」
慈「……」
花帆「えへへ……」
慈「もぉ、花帆ちゃんってば……」ナデリナデリ
花帆「うわあ~……」
瑠璃乃「なぁ~んだ。だいじょうブイっ! じゃんっ! 心配して損した~」
さやか「梢先輩? どうしたんですか? 友人と恋人を一気に寝取られたような顔をして」
梢「え゛っ゛」
梢(綴理)「どうも、友人と恋人を取られたこずです」
さやか「えっ。梢先輩が二人!?」
梢(綴理)「ふふふ~、さやに本当のこずを見破れるかなぁ?」
さやか「え、いや、これ……。うわあすごい。精巧な作り物じゃないですか……」グニグニ
梢(綴理)「バレた。残念無念」
梢(綴理)「こず、大丈夫。寝取られたこずも、ボクは肯定してみせるから」グッ
さやか「何が大丈夫なんですかね……」
梢「あ、あの花帆さん……?」
花帆「……」ジロッ
梢「……っ」ゾクッ
梢「え、いやあの……」
花帆「……梢センパイ」
梢「え、えぇ……」
花帆「あたしの、梢センパイへの尊敬の気持ちは何があろうと揺らぐことはありません」
梢「そ、そうなの! それはよかったわ!」ホッ
花帆「でも」
梢「で、でも……?」
花帆「今はちょっと、こっちにいますね」スリスリーズ
慈「花帆ちゃ~ん。頬ずりし過ぎ」
花帆「慈センパイもまんざらじゃない癖に~」
慈「まあね~」
梢「……」
瑠璃乃「梢先輩」トテトテ
梢「……な、何かしら」フラッ
瑠璃乃「これ、使います?」スッ(藤島慈完全模倣着ぐるみ)
梢「……ごくり」
梢「はうっ」
花帆「本物の慈センパイと偽物の慈センパイを見分けられない、なんて、今のあたしに思ってませんよね」
梢「お、思ってないわっ。思ってないからっ。だからっ、ほらっ!」カムヒアー!
花帆「……ぷいっ」スリスリーズ
梢「🤯 🤯 🤯」ボガーン!!ゾクゾクゾクッ!!
梢「……ぐすっ」ガクッ
慈「……花帆ちゃん。手加減してあげなよ」
花帆「はい。今だけの悪ノリです。でも……」
慈「でも?」
花帆「今の梢センパイが、ちょっとだけ可愛いなぁなんて、思ったり思わなかったり……なんて」
慈「……こら」コツン
花帆「あうっ」
花帆「はいっ。梢センパイ!」ピョンッ
梢「花帆、さん……」
花帆「一生スリーズブーケ、ですよ」ギュッ
梢「花帆さん……花帆さん花帆さん花帆さん……っ!!」ギュウッ
慈「……やれやれ」
慈「相手の新たな一面に魅力を抱くのは、梢だけじゃないってことか……」
私がリスタートして六人。
蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブはずいぶん賑やかになった。
これから先、私はみんなのどんな一面を知っていくんだろう。
それを思うとちょっとだけ怖い気がしたけど、それ以上に。
楽しそうなみんなの姿を見ていると、
慈「……」ニコッ
この行く末が、俄然楽しみになった。
おわり
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